何年も前に、こんな記事を書きました。
依然として、主観客観てのは重要テーマではありますが、Twitterでは今日も「(客観的にみて)それはいかがなものか」みたいな批判が渦巻いております。それを見てて今日ふと、仮説を思いつきました。
客観性ってのは、相対性。
客観性を重視して生きてる人は、相対的な正当性を求める。だから他者を否定することで自分の正当性を保つ。主観で生きていれば、自分を正当化するのに他者を否定する必要はない。必要なのは、自分で考えたロジックで、自分の進む道を選びとるチカラ。
とってつけた客観性(大義名分)って、なんかしっくり来ないんだよね。
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↑例えばこのニュースに対して、表現の自由ガーとか言ってる人の意見はまったくピンと来なくて。「自分が買えなくなるのは困るから、置くのをやめないでくれ」って言われたほうがよほど納得する。
まあ、本当の意味で客観性を重視する人は、データや事実から結論から話しますけどね。それはそれで、他者の否定はする必要ないもんね。客観性を追求するならそこまで行きたいものです。