書評 考察・意見

あとがきが一番良い。リバプールでの大活躍前に書かれた、遠藤航「DUEL」レビュー

ここ最近、サッカー選手の遠藤航が結構好きです。海外でやってる人はみんなすごいけど、遠藤選手はなんか、感情移入してしまうんですよね。一番応援してしまう。
といっても、リバプールに移籍してから追ってる程度のにわかです。もちろん。

そんなわけで、見かけたこの本をいまさら読んでみました。とても良かったです。

どういう本か

シュツットガルト時代、カタールワールドカップ予選突破が決まるころの遠藤が書いた本。
これまでのサッカー選手人生で、自分の強みをどうとらえ、何を考え、どのようにサッカーに取り組んできたか。
それらが「正解を追い求めるのではなく、最適解を探すことを心がける」という軸で語られている本です。
ガツガツしているようには見えないけれど、行く先々でチャンスをしっかりとモノにしてきた遠藤選手が、何を考え、どのように選択してきたのか。いま成功しているだけに、とても説得力があります。
単に成功物語として読むのも楽しいけれど、それだけではない深みがある。もう少し言うなら、外から見ているだけでは分からない深みがある。この深みを知るために読むだけでも、価値がある本です。
やっぱり、世界で活躍するサッカー選手ってめちゃめちゃ考えてるんですよ。そこがとても刺激になる。

僕らは「正解はない」って本当に分かっているのか

いまの世の中、正解がないなんて、もう耳にタコですよね。分かり切ってることではある。でも、それでも僕らは、正解を求めてしまっているのではないか?と気づかされます、この本。正解がない問題、未経験の事態に対して、当事者じゃない場合は特に正解を求めがち

サッカーの試合が終わった後に、監督のあの采配はどうのこうの。バックの選手があそこでうしろにパスしたのはどうのこうの。言う人がなんと多いことか。
いや、良いんですよ。言うこと自体は良いんです。遠藤選手も、そういう議論が盛り上がるのは良いことだと言っている。
でも、「無意識に正解があると思ってないか?」ということなんです。正解はない、という共通認識があって、「こっちのほうがもっと良いでしょ」をみんなで探すならとても良い話し合いになる。
でも実際は、「あそこで後ろにパスするなんて、あの選手はダメ」みたいなこと言う人が多い。「俺のほうが正解が見えている。その唯一の正解に沿ってないから、あいつはダメ」という断罪。そんなのは、日本サッカーのためにはなりません、ということなんです。

正直、その指摘を読むまでは私も、自分が正解を探していたのだと気づきませんでした。私自身はサッカーに詳しくないので、YouTubeの解説動画を見るだけなのですが、やっぱり「正しい」答がある前提で見ていた気がする。これは結構、目から鱗でした。

この本から何を得るか

外野から見て、自分が思う正解と照らし合わせていないか。これって僕ら普段の仕事でも言えること。
自分でやってるときは、周りから「こうしたほうが良いのに」「ああしたほうが良いのに」などヤイヤイ言われたらイラっとする。「うるせえ!だったらやってみろ!!」って言いそうになりますよね。誰でも。
もちろん、中には聞き入れるべき意見もあって、それを素直に聞く姿勢も大事。だけど、ほんの一瞬だけの状況を見てどうのこうの言う奴が多すぎる。そう思いませんか。

ところが。自分がヤイヤイ言われた時はそう思っているのに、他の人の仕事に対しては、同じようなことを言ってないか?「お前は(俺が思う)正解に沿ってないからダメ」とか思ってないか?ということなんですね。
もちろん、気づいたことを指摘するのは大事ですよ。だけどそこに、「正解を知っている私が教えてあげましょう」という上から目線がないか?ということですね。

カオスな状況で正解なんてないと分かっていたのに、サッカーを見ている自分は、正解と照らし合わせてサッカーを見ていた。
じゃ、サッカー以外でも、自分はそういう場合があるんじゃないのか?
これが、本書を読んで得られる最大の気づきです。

正解があると思うとなぜダメなのか

さて、ここまでは「正解のない時代なのに正解があると思ったらアカン」という前提で話をしてきました。
ではなぜ、正解があると思ったらダメなのでしょうか。ダメな理由が「時代に合わない」だけではちょっと雑すぎるし。

私が思うに、正解がある前提で動くということは、正解にたどり着いたら終わるということ。終わるって、何が?

考えることです。

そう。状況が目まぐるしく変わるサッカーのピッチや、現代社会で、思考停止になることがいかに危ういか。
1秒前の正解が、いまも正解とは限らないのに。

本書の最適解を探すという考え方は、臨機応変なしなやかさを持ちつつ、既に正解とされている常識すら疑う、クリティカル思考でもある。だから、良くなり続ける。上達し続ける。なるほど、よくできてます。

あと、あとがきがすばらしい

さて、だいたい大事なことは書いてしまいました。あとはまあ蛇足ですが、この本、あとがきがとても良いんです。
あとがきがこんなに良いなと思う本って珍しい。言いたいことはあとがきに凝縮されていて、それを説明するために本文がある、みたいな見事な着地です。
なにがどう良いのか、なかなか表現しづらいので、一番良いところを抜き出すと、こんな感じ。

サッカーをしていて、1対1で勝とうと思ったとき「その代表的な選手」のプレーを見て、こうすればいいのか、と真似るのではなく、その選手は「なぜそうしたのか」を考える。
これだけで理解もその習得も一気に早まると思っている。

p.245

ここだけ読んでも、あんまり響かないとは思いますが。

サッカー選手なんだから、もちろん、無邪気に応援すればいいでしょう。
しかし少しでも近づきたいと思うなら、その選手の内部まで踏み込んで理解した上で、アウトプットと結びつけて考えると、また違うものが得られる。

そこまで考えているのか。
それを知るだけでも、本書を読む価値がある。
今後、サッカー日本代表の試合を見る見方も変わるでしょう。

なかなか、おすすめです、この本。

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